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イギリスからの友人も招いた農家体験リトリートの開催報告<2022.9.2>

2022年のお盆過ぎは、私の家族にとっては大きなイベントがありました。

イギリスからやってきた友人夫婦を招待し、田園風景の中での瞑想体験や畑づくりワークショップを盛り込んだ、リトリートプログラムを開催することとなったためです。

 

私の集落では、自身の農地を手放して農業法人へ預けてしまう、家を手放して都会へと出てしまうといった若者世代が多く、私自身もこの状況に対してもどかしさを抱えていました。

「これまで地域で維持されてきた景観、文化を大事に継承していきたい。そのために外からの知見も取り入れ、この土地の価値を再発見して魅力を発信していきたい」

このような思いを抱えつつ、私は兼業米農家として田んぼの世話に勤しむ傍ら、農に関心のある経営者コミュニティに参加し、オンラインと農の現場を行き来しながら全国各地の仲間たちと相互のコミュニケーションを図っていました。

 

その中で、イギリス人の友人が日本へ来る機会があるという話を仲間から聞き、また、彼ら自身も畑を始めるために体験の機会を求めている、ということで、今回の企画の実現に至りました。

当日は、自宅近くにある鎮守の杜にて瞑想の時間を取った後、畑に見えた多くの生き物たちの観察、自然のはたらきを活かす畑づくりのフィールドワークを実施しました。その後、海外と日本の文化や精神性の違い、また、畑体験を通じて得られた気づきについての対話を仲間も交えて行いました。

改めて振り返ってみると、神社参拝、農家体験、住み開き、ワーケーション、リトリート…様々な要素が詰め込まれた、ホストする私にとっても贅沢すぎるような、充実した時間を過ごすことができたように思います。

また、共同体験とコモンズ(共有地)としての畑を持つことで、全国各地の仲間たちや海外の友人とも大事な価値観を分かち合うことができました。

新たな兼業農家像の実現に向け、次は何を仕掛けようか今から楽しみです。

(杜守)


生態系・自然環境再生のキーワード『土中環境』とは?

<2022.8.16>

先日、私はNPO法人地球守主催の『土中環境』再生ワークショップに参加し、森の木々の成長が促進され、生態系が豊かになる自然への介入方法を学んできました。

『土中環境』とは、国内外で造園・土木設計施工、また、環境再生を行ってきた高田宏臣さんの取り組みがきっかけとなって広まりつつある用語です。

 

私自身、稲作をはじめとする農業の環境負荷について悩む中、土壌を豊かにし、その地に棲む動植物や昆虫、微生物たちと共生していくための農業や方法、思想について学んでいる中で出会ったキーワードの一つが、『土中環境』でした。

高田さんが環境の健康を左右する土中の環境を意識し始めたのは、裏山を背負った住宅開発の土木工事がきっかけだったそうです。

工事終了後、自然環境が安定していた山がみるみる荒れていき、2年ほど経ったある日、擁壁の上の樹齢100年ほどのケヤキの大木が根こそぎ倒れたという連絡が高田さんへ入りました。

土木建設工事は、その地の水脈の遮断と、それに伴う水と空気の循環を損ない、大木が根を伸ばしていた岩盤を風化させてしまいました。そして、毛細血管のように岩盤の亀裂に伸ばしていた大木の根もまた枯れてしまったのです。

 

2011年の震災以降、高田さんは全国の被災地を巡り環境再生に取り組む中で、ご自身が体験したような土中環境のバランスが崩れたことによる被害の拡大状況と、他方、土地の豊かさを保ちながら持続的に環境を安定させようとしてきた、日本古来の叡智と造作を目の当たりにされてきました。

その忘れられた共生のまなざし、古の技をご自身の土木・造園技術に取り入れ、ワークショップの開催や各地の環境再生の際に用いられる用語が、『土中環境』です。

 

今回の体験を通じて、造園・土木と農業という領域の違いを越え、生物多様性に配慮し、人と自然が持続的な関係を紡いでいこうという方向性を共有することができました。今後も相互に学びあっていこうと思います。

(杜守)


忍者の里・三重県伊賀市の誇る土壌 〜四方を山に囲まれた、古琵琶湖層に流れる清水〜

<2022.7.8>

私が米づくりを行なっている三重県伊賀市は、古くから良質米の産地として知られています。

良質米を産み出す土地の条件として、土質、水質、気候を挙げることができます。では、伊賀市がどのような条件にあるのかを詳しくみてみたいと思います。

 

忍者の里、俳聖・松尾芭蕉の生誕地として知られる三重県伊賀市は、県の北西部に位置しておいます。北は滋賀県、西は京都府、奈良県に接しており、古来より都(飛鳥、奈良、京都など)に隣接する地域として、また、交通の要衝として、江戸時代には藤堂家の城下町や伊勢神宮への参宮者の宿場町として栄えてきました。

この伊賀市の土壌は、古琵琶湖層で形成されています。およそ500〜600万年前から200万年前に伊賀地域に広がりを見せた古琵琶湖は、北部へ徐々に移動し、現在の琵琶湖になったとされています。この古琵琶湖由来の有機物、ミネラルを含んだ堆積土壌が、伊賀のお米を育みます。

 

また、淀川水系の源流域の清水にも恵まれました。関西の軽井沢とも称される青山高原に源を発する清水を田植えの時期には圃場に取り込み、その水系はやがて木津川に合流し、淀川と合流して大阪湾に注いでいます。

さらに、北東部の鈴鹿山脈、北西部の信楽台地、南西部の大和高原、南東部の布引山地という四方を山に囲まれた盆地であり、内陸型の気候で昼夜の寒暖差が大きいため、お米のモチモチした食感と甘みの素であるデンプンを稲の中に多く蓄えやすい条件も整っています。

 

三年前に先代から圃場を継ぐまでは知る由もなかった土や水の由来ですが、お米の育つ土地を知ることは、数百万年前から積み重ねられてきた土地の歴史を知ることであり、周辺地域や身近な自然環境との関わりの密接さを捉え直すことにつながるのだと実感することができました。

(杜守)


溝切りライダーの季節

<2022.6.24>

5月連休中の田植えから1ヶ月ほど経ち、兼業米農家の私にとっては溝切りライダーと中干しの季節がやってきました。

 

中干しとは、一度水田の水を抜き(落水)、土にひびが入るまで乾かす作業です。その目的は、苗の生育と土中環境の調整です。水を満たした圃場(田んぼ)の土の中では、酸素不足となり、硫化水素やメタンといったガスが発生します。また、水が満たされた状態では苗がどんどん枝分かれ(分蘖)し、一本一本の苗が細くなり、結果的に穂の実入りが少なくなってしまいます。そのような時、土にひびが入るまで中干しすることで土の中に酸素が供給され、また、苗の分蘖が抑制されます。さらに、土のひびから有害ガスが放出されることで、土中および稲の根が健全に保たれる効果をもたらします。

しかし、圃場によっては傾斜や土の偏りによって水の抜けにムラが発生する、また逆に、雨の少ない旱魃時には水の偏りが出てしまうことがあります。溝切りは、取水口と排水口および圃場を縦横に溝で結ぶことで、圃場の全面に水が行き渡り、同時に水を抜けやすくする作業です。

 

我が家では、溝切りはエンジン付きの乗用溝切機で行います。その様子から、家族や友人・知人にはライダーと呼ばれ、親しまれており、梅雨入り前後の風物詩のようになっています。溝の切り方はそれぞれのやり方があるようですが、我が家のやり方では碁盤の目状に溝を切っていきます。最後の仕上げの交差点を繋いでいく作業は、泥の中を歩いて行っているため、体力も必要です。それでも、風を切ってライダーをしている際に見えるオタマジャクシが泳いでいく姿、溝切りをしながら水が圃場の全面に行き渡っていく様子を見ていると、自然や生態系と共に営まれている農業の醍醐味を味わうことができ、終わった後には言い知れぬ達成感と爽やかさを感じることもできます。

(杜守)